MIKHAIL GKINIS AOYAMA
JOURNAL

ミハイル ギニス インタビュー | ギリシャと日本“着るアート”が生まれる場所

Interview

MICHAIL GKINIS インタビュー

ギリシャ、日本、そして “着るアート” が生まれる場所

ギリシャで育ち、ロンドンでファッションを学び、日本の素材や思想と出会ったアーティスト/デザイナー、ミハイルギニスMICHAIL GKINIS。 幼少期の記憶、ブランドの原点、手描きの線に込めた想い、そして「着るアートWEARABLE ART」が目指す未来について聞きました。

幼少期とギリシャでの記憶

聞き手

MICHAILさんは、子どもの頃どんなタイプでしたか?ギリシャではどのような幼少期を過ごされたのでしょうか?

MICHAIL

はい。私はギリシャのテサロニキという故郷で育ちました。

子どもの頃の私は、恥ずかしがり屋で、周りをよく観察している男の子だったと思います。

同時に、母がアトリエでドレスなどの服を作っていたので、ミシンや布地の存在をとても身近に感じながら育ちました。創造的で、生産的で、時にストレスもある世界。その中で、母が服づくりに向き合う姿を見て育ったんです。

聞き手

ギリシャを出でロンドンに行ったのは何歳の頃ですか?

MICHAIL

22歳から23歳くらいの頃です。

ロンドン、ファッション、そして日本へ

聞き手

ギリシャを出た後、ロンドンで学び、その後日本に来られたんですね。

MICHAIL

ギリシャで母の影響を受けて育った一方で、若い頃は音楽やアート、サブカルチャーにも強く惹かれていました。

90年代初頭は、ポストパンクやニューウェーブなど、アメリカやロンドンからのサブカルチャーがとても強い時代でした。それらは私の芸術的な感覚にも大きな影響を与えました。

ギリシャの大学では、あまり自分には合わないと感じ、ロンドンへ移り、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションで学びました。そこでファッションやアートに対する情熱を見つけ、日本への興味も深まっていきました。

ブランドを通して伝えたいこと

聞き手

ブランドを通じて伝えていきたい思いや価値観をお聞かせください。

MICHAIL

MGAを着ることで、ひとりひとりが自由に自分を表現し、あらゆるしがらみから解き放たれポジティブに輝く、そんなオーラを纏ってもらいたいと思っています。MGAの服は着る人がどんどん新しい着方を発明したり組み合わせたり楽しめる自由な服です。

お客様がより創造的になり、自信を持ってくださるとき、私たちはとても幸せです。創造性はより良い人生を作っていくと信じています。私たちのマニフェストは、“クリエーティブを纏え。” です。

10年以上にわたる試行錯誤、あらゆる経験を通じて、私たちは自分たちの主な目的が「ひとりひとりが内面に持つ創造性を表現し、世界とコミュニケーションすること」だと気づきました。

Unleash your creativity. クリエーティブを纏え。

タグの形に込めた美意識

聞き手

MGAのアイコンにもなっている、刺繍タグの形と大きさにこだわっていると伺いました。その背景をお聞かせいただけますか?

MICHAIL

約20年前、ギリシャのビジュアルアーティスト/タイポグラファーのアポストロスリゾスApostolos Rizosと仕事をしていたとき、この特別な形のアイデアを出してくれました。

それは、正方形と円の中間にあるような形です。完全な形ではなく、四つの要素を構成する線も少し非対称です。四角でもない丸でもない、カテゴリーにはまらないその形は、私の美意識やデザインの考え方をとてもよく表していました。

その後、日本に来てから、わびさびの哲学にインスパイアされながら、自分自身で内側の線をさらに発展させました。刺繍データはわたしが自らの手で調整しました。

若いデザイナーだった頃の私は、インダストリアルと自然、機械と手作業、そのような対比を表現したいと考えていました。それが私にとって最初の大きな挑戦でした。

デザインの根にあるもの

古代ギリシャ文化、哲学、東洋思想、日本映画、音楽、そして未来的な要素。 MICHAILの創作には、さまざまな文化や感覚が重なっています。
MICHAIL

私は、古代ギリシャ文化に自然と興味を持って育ちました。建築の要素や、ギリシャの人々が発展させた哲学にも影響を受けています。

ソクラテスのような思想や、イマヌエル・カントの考え方も、私の思考の手がかりを与えてくれました。

同時に、現代美術のムーブメントも重要でした。仏教や輪廻転生、東洋思想についての本も印象に残っています。

日本からは、映画の映像美に影響を受けました。ギリシャで幼少期に見ていた溝口健二監督、黒澤明監督や小津安二郎監督のモノクロの風景は、私の感性に強く響きました。また、大学時代に観た『ブレードランナー』のような未来的な映画も、大きな影響を与えてくれました。

聞き手

デザインやものづくりをする上で、大切にしていることは何ですか?

MICHAIL

相反するものの融合、例えば工業的な要素と自然の融合を創り出すことです。生地そのものがインスピレーションの源です。

ある形がさまざまな表現に変化できる。着る人が自由な着方で自分を表現できる。その一定ではない「変化する。ということ」にとても興味があります。

人は変われるし、この世のすべてのものは変化する、服は人が身につけるものです。芸術的な要素を持ちながら、機能的で、快適で、実用的で、カタチだけでなく精神面でも変化を起こさせるものでありたい。そうした要素すべてが、私が創作を始める際の原点になっています。

手描きの線は、感情そのもの

聞き手

手描きの線には、どんな思いを込めていますか?

MICHAIL

私の線は、感情そのものです。

意味を持たずに引かれた線が、その瞬間の感情を表現します。布に絵を描いたり、ペイントしたりするとき、その線はより太く力強いストロークへと変わります。

そこには、書道や抽象表現主義からのインスピレーションもあります。色によって形が生まれ、色と色との構成、その連なりこそが、私にとって最もインスパイアされる要素です。そしていつでも描けるわけではなく、何か見えない力とつながった。と感じたときに一気に描ける、私の手を使って神が表現しているかのような感覚です。

等々力渓谷で見つけた、ブランドの原型

聞き手

ブランドを始めてから、印象に残っている出来事やハプニングはありますか?

MICHAIL

あるプレゼンテーションの後、ビルの外で泣いたことがありました。結果に失望したからです。私はかなりナイーブなところがあるので。

でも、そうした体験の積み重ねが、私たちのキャラクターの違いや、ブランドとしてのビジョンにつながっていったと思います。振り返ると、それも素晴らしい経験でした。

YUKO

私にとって印象的だった出来事は、等々力渓谷に移転したことです。あの環境に身を置いたことで、大きなきっかけが生まれました。

毎日緑に囲まれた空間で過ごすようになり、それまでモノトーンだけだったMICHAILが色を取り入れるようになったこと。小さなお店のような形ができて、お客様と直接やり取りできるようになったことも大きかったです。

さらに、「着るアートストール」という新しいカテゴリーを深掘りすることができたのも、等々力渓谷に移ったからでした。あの場所への移転が、現在のブランドの原型を作るきっかけになったと思います。

環境が私たちを助けてくれました。その後、テレビにも出るようになり、伊勢丹や阪急での展開も決まりました。自分たちのオリジナリティや得意な部分が見えてきて、一気に道が開けた感覚がありました。

MICHAIL

等々力への移転という出来事から、ブランドが面白く動き始めました。

YUKO

最初わたしは、ミハイルから言われたことをやっていただけでした。ブランド名も自分では決めていませんでしたし、周囲が盛り上がっているのを見ながら、お金を用意して支えていただけという感じでした。

でも、等々力に移った頃から「これは真剣に取り組まなければ」と覚悟を決めました。等々力渓谷の緑を眺め、ぼーっとしていたときに、「古代ギリシャと日本の着物の考え方って通じているな」とひらめいたんです。そこから、私もブランドへの関わり方が深まり、アイデアをどんどん出すようになりました。

ブランドの歩みは、単なる会社の成長ではなく、環境、人との出会い、失敗、ひらめきが重なり合って形づくられてきました。ブランドと共に私たちの精神性も成長している感覚です。

素材、着物、サステナブルなものづくり

聞き手

素材や工程に込めている想い、素材を選ぶ視点についてお聞かせください。

MICHAIL

私は「未来的でありながら自然なもの」という視点で素材を選んでいます。

聞き手

着物のリメイクもされていますよね。着物という素材には、どういう視点で取り組んでいるのでしょう?

MICHAIL

着物にはサステナブルな価値があります。美しく、歴史があり、意味もあるのに、現代では着る機会が少なくなっています。

多くの人が、着物をどう活かせばいいのか分からない。だからこそ、私たちが着物を簡略化し、さまざまな形に再構築することで、より多くの人が、より多くの場面で着られるようになればと考えました。

YUKO

着物を使い始めたきっかけは、お客様のリクエストでした。ミハイルの服を愛してくださっている方がミハイルを信用して「着物で何か作ってくれないか。ミハイルの好きなカタチなら何でもよい。」と依頼してくださった方がいて、とても喜んでくださったんです。

それをきっかけに、「これはもっと多くの人が喜んでくれる」と思い、世田谷の助成事業「セタカラー」に申し込んだのが始まりです。

ブランド名とロゴに込めた意味

聞き手

ブランドのロゴや名前には、どんな意味やストーリーがありますか?

YUKO

今のブランド名は「MICHAIL GKINIS AOYAMA」私たちのブランドそのものです。

MICHAIL

ブランド名は、ユニットである2人の名前を合わせていて、「アート」と「プロダクト」を融合させるという意味でもあります。

“MICHAIL” という言葉には、自然や書の自由な精神が込められています。一方で “AOYAMA” という言葉には、ビジネス、製品、インダストリアルな要素が含まれています。

アートと産業、日本とギリシャ、工業と自然。そうした相反するものの美しさを、ロゴやブランド名で表現しています。

ものづくりでワクワクする瞬間

聞き手

MICHAILさんがものづくりをしていて、一番ワクワクする瞬間を教えてください。

MICHAIL

「喜び」があるときに、良いものが生まれます。自分自身が幸せな気持ちであるとき、自然とものづくりが進むんです。

デザインは、小さなことからインスピレーションを得ます。花の色や形、雨、感情の揺らぎ。そのようなものがきっかけになります。

何かをデザインするとき、私はそれを最初に身につける人のことを想像します。そのフィードバックは、とても大切です。

私の作品は、常に「インダストリアルとナチュラル」「ハードとソフト」「現実と夢」といったコントラストに支えられています。その対比こそが、創作の源です。

YUKO

私から補足すると、MICHAILのようなデザイナーやアーティストは、心が揺さぶられた瞬間に創作のエンジンがかかるのだと思います。

外から集めた情報を組み合わせるというより、自分の中から湧き上がる感情をもとにコンセプトをつくり、形にしていく人です。

このブランドを通して実現したい未来

聞き手

このブランドを通して、どんな未来を実現したいと考えていますか?

YUKO

これははっきりしています。世界がつながるイメージです。

人種や体型、考え方が違う人たちが、それぞれの方法で私たちの「アートストール」を身につけることで、個性を自由に表現し、笑顔になり、その輪が手をつないで地球がひとつになる、そんなヴィジョンを想像しています。

自由に着られるサイズ感や、いろいろな着方で自分を表現できることによって、「私は素敵だ」と思えるようになる。そうした自分や他者を受け入れていく世界が広がっていく未来をつくりたいです。

社会や業界に届けたいメッセージ

聞き手

社会や業界に対して感じている課題や、届けたいメッセージがあれば教えてください。

YUKO

日本の「ものづくり文化」は本当に素晴らしいのに、後継者がいなくなり、技術がどんどん失われていることが大きな課題だと感じています。

熟練職人の頭の中にしかない感覚をどう継承していくかは、とても難しい問題です。

また、今のファッションは「安いもの」と「高いもの」の二極化が進んでいます。でも本当に良いものを長く着れば、結果的には価値があるということを、もっと多くの人にも知ってほしいです。

質の良い生地を身につけると、心が穏やかになり、自信が生まれ、人から褒められたりして気分も上がる。そういう良い循環を体験してほしいです。

音楽、場所、日常のインスピレーション

聞き手

お仕事中によく聴く音楽や、お気に入りの場所があれば教えてください。

MICHAIL

アンビエント、テクノ、ポストパンク、ニューウェーブなど、気分に合わせていろいろ聴きます。絵を描いたりデザインしたりするときは、映画のサウンドトラックもよく聴きます。

音楽は常に私の創作に影響を与えていて、デザインと感情をつなぐものです。

お気に入りの場所は、神社の近くです。静かな瞬間があり、空に向かって話すような時間が心を整えてくれます。海も好きですが、なかなか行けないのが残念ですね。

YUKO

私自身も、環境音楽のようなアンビエント系を好んでいます。自然の中で聴くのが好きですね。

お気に入りの場所は、神社や自然のあるところ。多摩川沿いを歩くのも好きです。等々力渓谷や不動尊にもよく行きます。

MICHAIL

東京の都市のにおいや、高層ビルの雰囲気も好きです。渋谷のような近未来的な場所には活気があり、とても刺激を受けます。

ただ、今は静かな自然の中で過ごすことが日常なので、そのバランスが大切だと感じています。

哲学的な対話と、今を楽しむこと

聞き手

プライベートで好きなこと、趣味はありますか?

MICHAIL

私は、趣味で日々を区切るタイプではありません。気分が動いたときに何かを始めるタイプです。

日本に来てからは、哲学的な対話をすることが好きになりました。結果にとらわれず、その瞬間を自由に語り合う。そういう時間が好きです。

地中海文化の中には「今を楽しむ」という考え方があります。「なぜ昨日のことを悔やむの?」「なぜ明日の心配をするの?」という、楽天的で今を生きる姿勢があると思います。

これからチャレンジしたいこと

聞き手

今後チャレンジしてみたいことはありますか?お仕事でも個人でも構いません。

MICHAIL

日本の生地の着るアートを通じて、人々の自信や創造性を引き出し、ありたい自分でいられる、人生をより楽しく過ごす、そんな人たちとつながること。その輪を世界に広げること。これが私のやりたいことです。

今までの経験でシンプルな法則にも気が付きました。それをシェアすることで誰かが救われたり、幸せになれたりするなら、それが私の喜びでもあります。

YUKO

私のチャレンジは、ブランドの世界進出です。ロンドン、北欧、中東など、私たちの服が響きそうな地域に出ていきたいと思っています。

ロンドンはMICHAILがファッションを学んだ場所で、第2の故郷のような存在です。北欧はご縁がありそうですし、中東は以前展示したときに反応がとても良かったんです。

MICHAIL

私たちのブランドは、日本の素材や思想と、ギリシャの感性を融合させています。

それを理解し、共感してくれる好奇心旺盛で、知的な人々と出会える場所。ロンドンや中東のような多文化都市には、その可能性を感じています。そうした人々と交流し、価値あるコミュニティを築いていきたいです。

日本のお客様、海外のお客様へ

聞き手

日本のお客様に伝えたい思い、そして海外のお客様へのメッセージがあれば教えてください。

YUKO

私は、日本も海外も分けて考えていません。皆さん一人の人間です。

MICHAIL

私たちが伝えたいのは、「自分を表現することの大切さ」と、「クリエーティブになることで自信が生まれる」ということです。

あなた自身の声と個性を見つけてほしい。そのサポートができたら、私たちはとても嬉しいです。

一言でこのブランドを表現するとしたら?

聞き手

最後に、一言でこのブランドを表現するとしたら?

MICHAIL

“Wearable Art to Bring People Together.”

個性を自由に表現し、笑顔の人々で世界がつながる。
着るたびに、ワクワクする。 自由に自分らしさを表現できる、唯一無二の、着るアートです。

Wearable Art to Bring People Together. なぜ、着るアートなのか? >>